そんなある日の朝。
布団に入ったまま、起きられなくなった。目は覚めてはいるものの、起き上がれなかった。
寮母の作っている朝食を食べに食堂へ行くこともできず、歯磨きや洗顔もできず、着替えることもできない状態。
※ 当時、私は会社の寮に住んでいた。「寮」とは言っても、仕事場から徒歩20分程度の道のりのところにあるアパート一棟を会社が借り上げ、希望者に会社が部屋を割り当てたもの。
「無断欠勤はダメだ。けど、今日は出勤は無理だな…」と判断し、定時前に仕事場へ欠勤する旨を電話で連絡。
確か、正午少し前くらいだったか、布団に入ったまま、グーグルで「この近くの診療所」で検索した結果、表示された、近所の内科クリニックへ。自分のそのときの体調不良はどんな診療科が適切なのかがわからず、とりあえず会社の寮の建物から一番近いところにあるクリニックを選んだ記憶がある。
起き抜けのボサボサ頭に、寝巻きのままダッフルコートを羽織り、弱々しい足取りで、そのクリニックへ行った。通常の民家に毛の生えた程度の、ずいぶん古い建物だった。入り口の看板には、当然ながら「診療科目 : 内科」とあった。
受付してくれたのは、年配の女性だった。おそらく、医師の細君であろう。「このところ気分がひどく落ち込み、今日はついに会社を休んだ。体調が良くないので、診察してほしい」と言った内容を伝え、会社から支給された健康保険証を渡した。この近所の子供会のイベントや連絡先が記載されたビラや、同じく近所の商店の名前や電話番号が記載された古めかしい広告やらが、壁に貼ってあった。地域密着型の、昔ながらの診療所なのだろう。
普段はあまり患者が来ないのか、それとも診療開始時刻前に来てしまったのか、薄暗くてそっけない内装の待合室の椅子に座りつつ、10分以上待たされたように思う。とはいえ、そのときの私には何か他に用事があるわけでもなく、特に急いでいる訳でもなかったので、そのまま待っていた。待っている最中、先程の女性から体温計を渡され、体温を測るよう言われた。自分の体温を測るのは、何年ぶりだろうか。
名前を呼ばれ、診察室に入る。大きな部屋には、薬品の瓶や診療器具と思われる道具がたくさん格納してある大きなキャビネットが複数、診察ベッドが一台、丸椅子が置いてあり、目の前にはでっぷり太った、眼鏡をかけた高齢の男が、白衣を纏って、大きな椅子にどっかりと座って、こちらを見ていた。
医 : 「体調が悪い、とのことですが、具体的には?」
私 : 「はい…具体的に、体のどこが痛い、という訳ではないのですが、
このところ、精神的にすごく落ち込んでいて。今日は特にひどくて、
会社を休んでしまったんです」
医 : 「そうですか。熱もないようですね。念のため、上半身の服を
めくってください。聴診器で診てみます」
そんな感じのやりとりで、診察は進んでいった。
– to be continued –